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<1> あこがれの地まで
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<5> 2001年個展のDM

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あこがれの・・・吉岡正人さん登場!
>> 吉岡正人さんの略歴

1953年 大阪府に生まれる
1974年 渡欧(アカデミー・グランショミエール等に修む)
1980年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業 [優秀賞受賞]
1982年 筑波大学大学院芸術研究科修了
1992年 文化庁芸術家在外研修員としてイタリア(ローマ)に派遣される(〜'93)
現在   二紀会会員、埼玉大学助教授
「あこがれの地まで」の作者である吉岡正人さんが、会館事務所に遊びにこられました。「ちゃーんすっ!」とばかりに、愛用のixyでパチリ。
「画家」というと、神経質で気むずかしそうな人を想像していませんでしたか?吉岡先生は、写真からもおわかりのように極めてナチュラルな方です。だから、透明感のある気品に満ちた作品が生まれるのでしょう。
(2001.2.6 大森礼子)



「あこがれの地まで」論争
トップページの「あこがれの地まで」の絵が好評をいただいてます。
国会議員のHPといえば大抵は議員の大写しの顔写真が飛び出します。「アップに耐えない顔」と深く自覚している私としては、ちょっと困りました。でも2001年の参議院選挙のことを思うと、そんなことも言ってられません。写真うつりをよくするために、「二重あご」をどうカバーするかなんて真剣に考えていたところ、急に選挙に出ないことになったので問題は解決しました。 党からは「国会議員全員がHPを開設するように」と促されていたので、コンテンツは自分なりに考えていました。準備をすすめる中で、どうしても吉岡正人さんの「あこがれの地まで」をトップページに使いたいと思いました。吉岡先生にお願いし、ご了解を得ました。 「21世紀は女性の時代」です。だから、この絵と2001年をスタートしたかったのです。

先日、私の岡山事務所でみんなと雑談していたところ、私のHPが話題となり、いつのまにか「あこがれの地まで」論争となりました。あの絵で「あこがれの地」はどこかについて意見がわかれてしまったのです。 HPエッセイ「あこがれの地まで」に書いたように、私にとっては正面の山上の城が「あこがれの地」です。これが大森説。

K新聞のI記者の解釈は・・・ 「この女性は身なりからして、いいとこのお姫様でしょ。きっとあのお城に住んでいたと思うんですよね。やまのうえからずっと下界をみて暮らしてたけど、お城の生活に飽きあきして、思い切ってお城を抜け出したんですよ。これから、あこがれの地をめざして出発しようとしているところですよ。うん。でも綺麗だなあ、この女性。」 それを聞いた岡山事務所の小谷くんが思わずりきむ・・・ 「ええっ、そうなんですかぁ。えーと、僕はですねえ。このお城を遠くからみて、この女性はきっと、そこがあこがれの地とおもったんですね。で、苦労してやっとたどりついたら、緑もなく岩肌だけの山の上でしょ。あこがれの地はここじゃなかったんですね。で、元気出して、また出発しようってとこだと思いますよ。え、ちがうんですか?」

三者三様。それぞれがストーリーテラーです。吉岡正人さんの「絵」と「謎めいたタイトル」の秘密はここにあります。一枚の絵とタイトル。ここからいろんな物語が生まれるのです。誰もが自分の物語を密かに楽しんでいます。 さて、あなたの物語は?
(2000・12・16 大森)